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「ほんとうに満ち足りた毎日」はどこに?(2012.9.29)

たとえば企業などで、創業者の理念や理想がきちんと継承され、高い業績と評価を得ている、ということがあるでしょう。
また、親や、ほかの大人たちから伝えられたことが毎日の支えになっている、ということもあるでしょう。

おなじように、私たちお釈迦さまを信じる者は、お釈迦さまが教えられた「ほんとうに満ち足りた毎日の送りかた」を受けついできています。
それが、どんな人でも達成できることは、たくさんの和尚さん方が、とぎれることなく証明されてきました。今度は弟子である自分が、自分の人生をそう生きることによって証明し、次に伝えていくわけです。

 
とくに禅では、この「仏の教えが、師匠-弟子と続く代々の和尚さま方によって伝えられてきた」こと、「伝えてもらえた私たちは、その教えが正しいことを日々の生活の中で証明し続ける」ことをたいせつにします。

その証明のやり方はいろいろあると思います。私自身の信念において、そこをひと言で言ってしまえば「1日しかない今日を、ていねいに生きる」となるでしょうか。こう言うと抽象的に聞こえますが、じっさい生きるのはとっても具体的なことの(ある意味うんざりするような)くり返しです。
禅は「日常至上主義」と言えます。また、そこにしか「ほんとうに満ち足りた毎日」はありえないと確信しています。

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