梅蘂住職五十回忌に当たり(2010.9.16)

当寺16世藤井梅蘂(ふじいばいずい)住職の50回忌法要にちなみ、掛け軸を三幅ご紹介します。

かなり若いころの絵と思われます。自賛は梅蘂住職自身のものです。

徒費佛飯
八十余年
醜挙内外
罪過彌天

いたずらに佛飯を費やす八十余年 醜を内外に挙げ罪過天にわたる

うかうか80余年も生きてきたことへの、自省の句ですね。

掬水月在手 弄花香満衣

水をきくすれば月手にあり 花をろうすれば香り衣に満つ

これは中国の禅僧であった智愚(ちぐ)禅師の句と言われています。いわゆる禅語です。
「月」や「香り」などは禅語ではよく登場するたとえで、どちらも「さとり」と言い換えられるでしょう。
「きくする-すくう」や「ろうする」は、それぞれ修行のことだと思います。

修行と言っても、それは、現実の中を生きている自分自身から離れて行うことではありません。現実の中で毎日毎日起こることに、誠実に着実に対応するところに、限りある時間の中で安らぎを得ることがある。さとりとは、現実の時間の中にしかない、という禅の姿勢を表しています。

檀信協力梵宮新
今日功成轉法輪
偏謝天龍神護徳
祥雲常漂澱川濵

檀信協力梵宮(ぼんぐう)新たなり
今日功成り法輪を轉ず
ひとえに謝す天龍神護の徳
祥雲つねに漂う澱川(よどがわ)の濵

これは、以前の本堂が昭和9年の室戸台風で倒壊し、その後、現在の本堂が建てられて落慶法要が営まれたときの香語(こうご-法要の時に導師が唱える詩偈)です。うれしさと感謝がつづられています。