法雨降って地固まれ(2018.6.7)

いよいよ京都も梅雨に入りました。
雨は私たちの生活に、大きな影響を及ぼします。適度な雨は、私たち人間に限らず、生きものすべてにも大きな恵みをもたらしてくれます。
雨のようすを表わす言葉や、雨に例えられるできごとや気持ちもたくさんあるように、雨は私たちにとって、切っても切れないものですね。

 

お経にも雨が登場します。その多くは、「法雨(ほうう)」という言いかたをされています。仏さまの智慧と慈悲の力を、象徴する言葉です。

法雨には、大きく分けてふたつの意味があるようです。

ひとつは、私たちの心に燃えさかる、煩悩の炎を消し止めるはたらき。これは智慧に当たるでしょう。

もうひとつは、私たちの渇いた心に染みとおって潤すはたらき。これは慈悲に当たるでしょう。

法雨とは、仏さまの智慧と慈悲の力が、雨のように私たちに染み込むこと。そのことによって、安穏なる暮らしを過ごすことができるように、という願いが込められているように思います。

 

さて、仏さまの力に限らずとも、みなさんにとって、そのような「法雨」が降ったこともあるのではないでしょうか。ちょっとむかしを振り返っていただき、そんな恵みの雨があるとすれば、何だったか思い起こしてみてください。

たいせつにしてもらった思い出でしょうか。感動させられるような行動を見たことでしょうか。

ドラマや映画で見たり、小説で読んだり、または歌で聞いた言葉でしょうか。

そういったものがすぐに思い浮かばなければ、ぜひ、仏さまの前までお出でください。仏さまは、いつでも法雨を注いでくれるからです。

 

もしも、毎日の暮らしの中で、あなたの心が渇くことがあったなら、法雨によって、ふただび潤いがもたらされますように。

もしも、あなたの心が煩悩の炎で火傷しそうになったなら、法雨によってうまくその火が抑えられ、ふたたび安心がもたらされますように。