13日の金曜日は不吉なのか(2018.7.13)

同名タイトルの映画の影響もあってか、不吉の象徴のひとつとして、今では日本でもすっかり定着してしまいましたね。

ところが、これだけ有名なのに、なぜ「13日の金曜日」なのか、の答えははっきりしていないようです。
イエス・キリストの、最後の晩餐に参加した人数が13人であること。また、その後イエスが磔になったのが金曜日であったこと。その2つが相まって、、というのがいちばん有力な理由と聞いたこともあります。

 

みなさんは、今日が13日の金曜日だと、気になさる方ですか?

欧米では「13日の金曜日に、実際に交通事故や医療事故が多くなるのか?」という研究があるそうです。そして、その研究によれば、「とくに多くなるわけではない」と、疑惑を否定する報告がなされているようです。

これを、「そんなの当たりまえでしょ」と一笑に付すのはかんたんです。しかしそれでも、「13日の金曜日を不吉と信じることがあり、そこからもたらされる患者の精神状態が、病状に影響を与えることを考慮する」として、きちんと発表するのはやはり意味があると思います。

 

めったにありませんが、当寺でも、いわゆる迷信を気にしたり、まわりで不吉なことがおこって不安がる人から相談を受けることがあります。

おそらく多くの場合、その不幸の原因は、いくつかの事情が重なっています。それにもかかわらず、あせって、原因をひとつの迷信にだけ当てはめてしまうと、大きな不安となるでしょう。そんなときは、原因をひとつだけとは思わず、絡み合ういくつかの事情を、一つずつ分けて考える必要があります。そうやってゆっくりと考えられれば、迷信の有無にかかわらず、不幸に悩むできごとが起こるのはあり得ることだとわかります。

 

なかなか答えの見えにくい問題ではあります。ですが、昔からこの不安をついて、人を脅したり、陥れようとする事件も起こっています。
まわりに不安がる人がいたら、「迷信だから」と切り捨てず、「どうしてこの人は、それを不安に思っているのだろうか」ということを考えてみるのもいいのでしょうね。自分がもし不安にさいなまれたなら、生きていて、不安はあって当たりまえと思い、その不安がどこから来るのか、どうか落ち着いて探してみてください。