あるがままに、Let It Be(2021.6.26)

ビートルズは、今でも高い人気を誇るバンドです。今年、2021年は、そのビートルズが来日して55年となります。
そこでこの5月、ある調査会社が、日本でビートルズの曲の人気投票を行ったところ、「レット・イット・ビー」が1位になったそうです。(ニュースソース → こちら・2021.6.25

名曲ぞろいのビートルズでも、この作品は、誰でもタイトルは聞いたことがあると言わせるような、有名な作品ですね。

 
さて、この曲の冒頭は、

When I find myself in times of trouble
Mother Mary comes to me
Speaking words of wisdom,
“Let it be.”

という歌詞となっています。
私(作者ポール・マッカートニー)が困難で苦しんでいるとき、母メアリー(聖母マリアと、ポールの亡くなった実母メアリーの両方の意)が現れて、言ってくれる智慧の言葉が「Let It Be」である、という意味です。

そして、この「Let It Be」は、「なすがままに」とか、「あるがままに」と訳されることが多いように思います。

 
「あるがままに」
もしくは、「ありのままに」でしょうか。以前ほどではないにせよ、ほんとうによく耳にするフレーズです。正直ちょっと食傷気味な方もおられると思いますが、現代人にアピールするのでしょうね。
ただ、私はクリスチャンではないので、キリスト教の視点で見た「Let It Be」ってどうなのだろうな、という興味はありました。

そんなとき、「Things I Said Today」さんというビートルズ研究サイトで、そのものずばりのページを見つけました(ふたつの”Let It Be” という記事です)

そこでは、「Let It Be」のカトリック的解釈とプロテスタント的解釈を並べ、カトリック寄りであったポールは、その解釈にてこの歌詞を書いたのでは、と推論しています。
それは、ベストを尽くして精一杯の善行を積み、その結果は神が判断するから、今はマリア様の慈悲にすがり、救われることを信じて、じたばたせずにいよう、といったものです。

この解釈を読むと、「あるがままに」とは、じつは安易な自己肯定ではないのだ、ということにお気づきになるでしょう。ビートルズの曲では、そこがちゃんと押さえられていると見られているようです。

「あるがまま」「ありのまま」が、そのまま肯定される場面は、たとえば子育てのときなどにありえます。よく言われる「自己肯定感」は、ここから来るものと思います。
そこを前提としても、仏教、とくに道元禅師は、「あるがまま」の生き方には批判的と言えます。そこに、精進する態度の放棄と、その言い訳が見えるからかと思います。

 
道元禅師は『正法眼蔵』「三時業(さんじごう)」の巻で

業障本来空(ごっしょうほんらいくう)なりとして放逸に造業(ぞうごう)せん、衆生さらに解脱(げだつ)の期あるべからず。

とお示しになっています。
これはまさに「あるがまま」の間違った解釈を戒めています。間違った解釈のままに意訳を試みますと、「あるがままで良い(業障本来空)んだから、好き勝手に生きて(放逸に造業)も救われるんだろう?」と言えるでしょうか。その生き方を、きっちりと否定するものですね。禅師は「即身是仏」の巻でも、おなじような注意をなさっています。
 
さて、そんな知識を持って、あらためてこの曲を聴くと、(ポールの意識はわかりませんが)これはやはり宗教的な作品だなあとも思います。「あるがままなら、じたばたせずに生きる」意志を表しているようです。